JACK’S WILL
GO DEVOTION WAY

音を紡ぎ、人を紡ぎ、世界を紡ぐ。

ベトナム紀行「表出した音が初めてその土地の空気と触れあい、交わる、あの瞬間がとてつもなく好きだ。」

 

まるで戦後の日本にタイムスリップしたような錯覚に陥ったベトナムの街並み、人々の活気、経済が渦巻くあの躍動感、それは「発展途上」なんて一言では表現できない、特別なものがあった。

あの旅から3ヶ月が過ぎようとしているが、僕の中にまだ残っている余韻とアイフォンで撮影した写真を頼りに、ブログに書き起こしてみたいと思う。

 

まずはサイゴンビールで乾杯!

 

僕にとって初めての国ベトナムでしたが、預け荷物を受け取り空港から外に飛び出した瞬間とても肌に合う感じがして、もはや懐かしさしさすら覚えてしまいました。

高温多湿な国が僕のDNAに刻まれている何かを呼び起こすのか…!!! インドやラオスに行った時も同じようなフィーリングでした。

今回は神奈川県のプロジェクトで私は恐れ多くも音楽隊の監督を任され、俳優の合田雅吏氏率いる風魔忍者隊とのコラボパフォーマンスをハノイで披露し神奈川とハノイの友好関係を深める、というざっくり言うとそのようなミッションでした。

 

 

このような立派なプロジェクトなので、もちろん空港に着けばガイド付きのバスが迎えてに来てくださり、滞在中は会場近くのホテルに宿泊、打ち上げは日系デパートの最上階で焼肉、というような大変恵まれた環境を与えられましたが、空港からホテルについた瞬間、シンゴさんと岸田さんの音楽隊3名で、まるで上官の目を盗んで飛び出した脱走兵のように、夜道を散策してローカルなフォー屋を探し当てサイゴンビアーで乾杯したのは最高の旅の幕開けでした!

 

 

 

 

電撃的な初体験!?

 

翌日の現場リハーサルでは、会場のアース処理がしっかり施されておらず、エフェクターに触れる度に微電流が全身を走る⚡️という文字通り電撃的な初体験を通過しつつ(笑)、なぜかベトナムに来たはずなのにイスラエル人の兄ちゃんとめっちゃ仲良くなる、というもう相変わらずの訳わかんないっぷりで、超面白かったです。

 

 

 

 

 

 

ホエンキエム湖周辺の雰囲気

 

滞在中、合間の時間を縫ってホテルの周りを散策しましたが、ホエンキエム湖周辺はピースフルな雰囲気が漂っていて不思議な魅力があります。

他の国に行ったときも感じましたが、湖とか池の周り、水がある場所の周りって空気が浄化されるんですかね。ベトナムも例外ではありませんでした。

休日になると湖沿いにあるメイン通りが歩行者天国になり露店や人々で賑わい、アスファルト上には、即席コートを作りバトミントンや、ダーカウ(ベトナムの足を使ったバトミントン)を楽しみ、とても気持ちよさそうに汗を流していた人たちも多く見受けられました。

公園では、日本ではちょっと懐かしいローラーブレードを楽しむ子供がたくさんいたり、とにかくハノイの人たちは体を動かす事が好きなんですね。

ある夜、サッカーでベトナムのナショナルチームがマレーシアを打ち破れば、まるで湘南の暴走族のように?(笑)ベトナムの国旗、金星紅旗(きんせいこうき)を掲げ走り回る若者が道路という道路に溢れかえってお祭り騒ぎでした。凄い活気だな!なんて思っていたら24時頃でしたか、ピタンと何事もなかったように静まり返って驚きました。そっか俺は社会主義国に来てるんだな、という実感がそんな所からも湧いて印象的でした。

 

ホエンキエム湖北側、ハノイ旧市街にさしかかったあたり。この近くにあるリー・タイトー公園で2日間演奏でした。そう、ハノイでは至る所にサークルKがあり、とても便利でした。 思わずシャリシャリシャリシャリ…(笑)サークルK、日本には無くなってしまいましたね。
     ホテルの部屋から望む景色。東南アジア特有の原生林が生い茂った感じと高層ビルが立ち並ぶ姿のミクスチャーVIEW。嫌いじゃないっす。

食事は基本ローカルフードと和楽器隊で決めていました。この日は以前にもベトナムに来ている篠笛の岸田さんの勧めで旧市街にあるバインセオのお店に。ベトナム版ガレットみたいなものだと思ってください。これ、めちゃやみつきになりますよ!

この店のパイナップルとマンゴーをブレンドしたスムージーが美味しすぎて毎日のように通いました。スタバのVentiくらいの特大サイズで35000ドン。ゼロ二つとって半分の計算しきなので、175円くらいって事です。なぜこのような設計なのか、、この小窓でのやり取りはなかなかシュールでした。(笑)
旧市街へ向かう途中、盲目の笛吹がバスキング&笛の販売していて、岸田さんがベトナムの笛をおひとつGET!!

 

 

 

小さな世界平和

 

ある夜、仲良くなった例のイスラエル人と約束し、ベトナムの英雄、リー・タイトー像の前(まー、今回のイベント会場なんですが)に集合して彼のウクレレ、僕の三味線、シンゴさんの太鼓で夜な夜なそれぞれの楽器を交換しあったりしてセッションをしました。音を鳴らしていると公園にいた人たちが徐々に僕らの周りに集まってきて、ある人は踊ったり、ある人は覚えたてという日本の歌を照れながら披露してくれたり、近づいてきた少年に楽器を教えてあげたり、終いには止めに来たと思った警備員までもが観客になってくれたり(止めに来たと思いきや”よっこいしょ”と腰を降ろした瞬間、思わず心の中で「いや、聴くんかい!」と突っ込んでしまった。(笑)
なんか、あの小さな空間、小さな時間の中に、小さくて大きな世界平和があったような気がします。

 

 

 

 

ベトナムのTraditional Culture!

 

無事に2日間のミッションを終了した後も僕だけ2日間ハノイに残り、旧市街で見つけたAirbnb(民泊)を拠点に楽器屋巡りしたり、民族博物館に寄ったり、相変わらずローカルフードをはしごしたり、ベトナムを思い切り体内に吸い込みました。南北に長くそびえるベトナムには数多くの民族が居住し、色とりどりのカルチャーが今でも生活の中に息づいていることがわかりました。

 

ダン・タムという沖縄三線と三味線をフュージョンしたような楽器に出逢いました。幸運にもこの翌日観に行った水上劇の伴奏で偶然この楽器が使われていて生演奏を聴く事ができました。以前モンゴルやラオスを訪れた際も似たような楽器を目にしたが、アジアは繋がっているのだ、と改めて実感。ダン・タムの演奏動画 
 ベトナム民族学博物館にて。むかし少数民族が暮らしていた高床式住居。こう見えてもなかなかの高さに自分います(笑)
    博物館の外を歩いていると、日本語を学んでる日本語学校の先生と生徒さんたちに声をかけられた。みなさん日本語が上手だった!

世界一長いと言われるモザイクアートストリート。多くのアーティストが国内外から参加していて、ベトナムの歴史や文化をモチーフにしたものや、地元の子供たちが描いた絵を元にしているものなど様々な作品が目を楽しませてくれます。現地の人が教えてくれたのですが、このアートは過去から未来へ向かって続いているのだとか、、深い!

 

 

Restore hope and pride to Japan!

 

商業都市として世界中の旅人から人気を博す南のホーチミンとはまたちょっと違って、政治や文化の中心地、”社会主義国ベトナム”の首都として、落ち着いた雰囲気で堂々と鎮座しているのがハノイとも聞きます。

それもあってか、冒頭でも触れましたが、近年日本では感じられない”懐かしさ”のようなものが終始漂った心地いい旅でしたが、僕はそれらの活き活きとしたベトナムの活気や平和な空気に触れ、懐かしさと共に羨望の気持ちを覚えた。

日本では失われてしまった「大切な何か」がそこには間違いなくあった。

 

 

 

今回私たちの演目の中に日本の伝統芸能の三番叟(さんばそう)を風魔忍者チームの主役である合田氏が舞うシーンがあり、僕たち楽器隊はその伴奏を務めた。

「これは五穀豊穣を祈る舞なので、是非ベトナムでやりたいんだ。」と制作段階で合田氏に提案して頂き、和楽器三名で伴奏を努めた。

 

僕は思った。

太古から流れる時間軸上の2018年11月17日というあの地点にあの場所に運ばれて来たのは決して偶然ではない。

たくさんのご縁が絡み合って、数奇な巡り合わせによってあのステージに運ばれてきたのだと思う。

僕らは決して歓声を浴びるため為だけに海外公演に行ってるのではない。プロフィールに書くために海外公演に行っている訳でもない。

運ばれたその地で日本人の血を受け継いだものとして、何を表現するか。

まだまだ日本人だって捨てたもんじゃないんだ。俺らで見せてやろう、感じてもらおう、そして祈ろう。互いの平和と発展を。

言葉にせずとも合田さんのそんな声が聞こえてきた気がして、僕は感動した。

 

 

日本にもかつては生活の中に「祈り」があった。

流通や大量生産が主流の世の中になり、安定した供給ができあがってしまった現代では、豊作を祈って舞を踊るなんて事自体が時代錯誤になってしまうのかもしれないけれど、そんな時代だからこそ、あの舞は輝いていた。

ベトナムの空に光を、希望を放っていた。

 

 

cảm ơn!

言葉は通じなくても心と心で通じあった人たち、そして、ステージ上で浴びたベトナムの皆さんの熱い歓声、あの地で感じたその全てが栄養となって、次の旅へと向かうエネルギー源となっている。

あのベトナム戦争を乗り越え、今力強い推進力で新しいエネルギーを世界に発信するベトナムも、いよいよ2020年には日本工営が中心となって進められて来たベトナム初の地下鉄がホーチミンに開通するという。

“KOKORO” “PRIDE” “SMILE” “CULTURE” “HOPE”これらの力強いスピリットと共に新しい時代を走り抜けていくベトナムの地をまた僕は踏んでみたいと思う。

ありがとう、ベトナム!! また逢いましょう!!

 

 

 

寂空

Happy New Year! 「日の出について」

 

六本木での年越しライブを終え、自宅のある最寄り駅で降りると、老若男女8〜10人くらいの人だかりができていて、みんな東の空の方を向いていた。

なるほど、僕の住んでいる所は東京都にあっても高い建造物が極端に少ない地域とあって、ホームからは確かに日の出がよく見える。

僕も便乗して、人だかりの中に混じって、今にも雲間から顔を出しそうな日の出を待ち構えてみる。

 

日の出を見るといつも祖父の事を思い出す。

おじいちゃん子だった僕は小学校中学年くらいまでだったであろうか、連休になる度に親にせがんで静岡にある母方の実家に、当時住んでいた藤沢から通っていた。

祖父が大好きだった僕は、滞在中、寝る時は決まって2階にある寝室の祖父の隣で寝ていた。

祖母はいつも一階の居間に布団をしいて寝ていた気がするので、僕が祖父を独り占めするために、追い出してしまっていたのではないか、と今思えば心配になる(苦笑)

  

祖父は本当に本当に早起きで、いつも深夜とも言っていいAM3時とか4時とか、そんな時間帯に起きて、1階にある食卓で、届いたばかりの新聞を広げたり、
NEWSを見たりしながら、お茶をじっくり飲むのが日課であった。

僕は1テンポ遅れて、AM5時半とか、6時とか、そのくらいに起きて階段を駆け下りる。

「じいやん!おはよう。」と。

食卓で合流すると、僕にもお茶を淹れてくれて、他愛もない話や、新聞の内容について NEWSについて、またはお互いの共通の話題である野球について、など30分くらい、まるで公園を散歩中の老人同士の立ち話のように、平和な時間が流れた。

 
 

そして、僕と祖父2人で毎日必ず行っていた”儀式”があった。

鳥が鳴き始めるころ、”祭司”による「さあ、よっくん行くよ」という合図でオモテに出て、眩しいばかりの東の空をながむる。

祖父母の家の目の前は元々田んぼだったし、高い建物も皆無に等しかったので、景色を邪魔するものはなかった。

まーるい太陽が全貌を明らかにしたところで、おもむろに祖父の両手が2回、あたりに鳴り響く。

僕もその一瞬を少し遅れてキャッチして一緒に二回両手を鳴らす。『パン、パンッ』

そのまま両手を合わせたまま、小さい声でじいちゃんが聞こえるか聞こえないかくらいの囁くような声で呟く。
「みんなが無事故で健康でありますように」と言ったような内容の事を。

僕自身は幼かったし何を祈っていたか覚えていないが、そのお祈りの呟きが耳に心地よくて、ぽかぽかの日光があったかくて、祖父とのその時間が本当に大好きであった。

今でもあの時の太陽の熱を額に感じられるくらい、鮮明に思い出す事ができる。

 

 

そんな祖父の事を思いながら、2019年の元旦、神々しく輝く日の出に手を合わせた。

「みんなが無事故で健康でありますように、見守っていてください。」と。

 
 
         

ふと、気づけば、ひとだかりの中に一人の車掌さんが近づいてきた。

黄色い線のギリギリまで人が徐々に増えてきていたので、一言やさしく注意しにきてくれたのですが、注意したその後もその場に残っていた。

僕らと一緒に車掌さんも東の空を眺めた。

なんか、いいなと思った。

勤務中との事もあり少し周りの目を気にしながらだったかと思うが、何かある度にSNS上ですぐ炎上してしまう最近の日本ではあまり見ない光景だなあと思ったし、市民の方が「今年もお世話になりますが、よろしくお願いします」なんて車掌さんに丁寧に挨拶をしていたりして、そんな風景を目の当たりにすると、日本もまだまだ捨てたもんじゃないなあ、となんだか平和な気持ちになった。
 

日の出を写真に収めたりして、満足げにその場を去っていく人々の中、その車掌さんはその場に残って、まだ太陽を見上げていた。
一瞬周りの目を気にするような仕草があったので、僕は(なるほど)、と気がついてその場を離れた。 

エスカレーターを降りる直前で、ふと先ほど自分がいたホームの先端を振り返ってみたら、想像の通り、携帯を日の出にかざしている車掌さんがいて、やはり写真が撮りたかったんですね、とホッコリした。   
確かにたとえ勤務中であろうと、是が非でも写真に収めたくなる、美しい、輝きと希望に満ち溢れた日の出だった。
 

 

 

 
 

そのあと、車掌さんは日の出に向かって深々とお辞儀をしていた。

なんか素敵な気持ちになった元旦の朝の出来事であった。 

 

寂空

[喜作ファンにお知らせ。喜作を卒業致します。]

 震災の月、2011年3月から毎月2回、時々おやすみ頂きつつも約8年続けてきたTHE喜作LIVEですが、2019年1月を持って私寂空は卒業致します。(ちなみに12月はライブはお休みさせて頂きます。)

応援して下さいました皆様ありがとうございました。 喜作は公私ともに僕のホームでしたが、ずっと抱き続けてきた夢/目標に向かって飛び立ちます。

またいつか、大きくなってマスターの元に帰って来れるよう、頑張ります。

今まで出演してくれたみんなも本当にありがとう!皆が喜作を愛してくれて嬉しかったし、マスターもその度最高の笑顔だった。

そしてこれからもTHE喜作LIVEが僕なしでも続いて行けるよう考えてます。

僕も一喜作ファンとして、そして誠に勝手ですが、いつでも「おかえり」と言ってもらえるホームとして、みんなと一緒に愛し続けたいと思います。 今後ともよろしくお願い致します。

寂空

【所属レーベルから大切なお知らせ】

この度、兼ねてから親交のありましたROAとTRANSIST RECORDが業務提携する事になり、私自身もいちプレーヤーとして、ROAをサポートしていく事となりました。
国内でのより精力的なライブ活動、海外へのこれまで以上の発信力をご期待頂けたらと思います。
https://www.transist.site/partner1025

 

 

 

祝・来年はガンディー生誕150周年

暗いニュースが続く中、今日のニュース素晴らしかったですね。
大分から山口にやってきた70代のボランティアの男性が行方不明の2歳児を発見したニュース。
インタビューで「大分からわざわざじゃないですよ、日本人だから。余生は社会への恩返しに尽くしたいと思っている。」とお応えになったそうですね。
   

汚れた服で家にあがるのは申し訳ないからと、お礼の食事すら断り、ボロボロの軽自動車で帰っていく。ラストサムライの様で日本人の鏡の様な方だと感銘を受けました。 

この方のインタビューを見ていると、最近ずっと演奏したり歌ったり、頭の中で寝ている間も自動で流れ続けていた、とある曲の歌詞の内容とぴったり重なり驚きます。 

  

あのインド独立の父、マハトマ・ガンディーが生涯愛したバジャン(献身歌)「Vaishnav Jan To Tene Kahiye Je」という曲です。
 

実は光栄にも来年に控えているマハトマ・ガンディーの生誕150周年に向けて、この曲を日本流にアレンジしてインド政府、ならびにインド大使館に献上するというビッグプロジェクトのディレクターという大役を仰せつかりまして、おととい、無事にでき上がった作品をチームのみんなとインド大使館に献上して参りました! 

素晴らしいチームに恵まれ、最後までオールを漕ぐことができて、そして大使からも光栄なお言葉を頂き、達成感と安堵で天にも昇る様な喜びを感じました。 

この素晴らしい機会をくださったヨギさんに感謝するとともに、この作品の為に全力を注いで下さったチームの皆さんに御礼申し上げます。 

 

苦しみやプレッシャー、主観、客観、俯瞰、それらと向き合い、1つ1つ乗り越えることによって、多くの学びがそこにはあり、人生の宝がつまったような、ご依頼を受けてからの1ヶ月間でした。 

来年にむけ、インド政府ならびに在日本インド大使館からの発表をお待ち下さい。 

寂空
 

Mahatma Gandhi’s 150th birth anniversary will be celebrated for 1 year from 2nd October this year. As a part of the celebrations, Government of India decided to re-record Gandhi ji’s favorite bhajan (devotional song) in Japanese music and background video.

I was assigned to be the music director of this project. It wasn’t an easy task. It was about representing Japan in a totally different way. Getting right kind of people, choosing right music, right instruments, it was all so tough.

And I overcame these hardships with great members to get this far. I appreciate them and Mr. Yogi (the producer who invited me to this project first).

We completed the music video on time and handed it over to the Ambassador of India to Japan HH Sujan Shenoy on 13th Aug.

Please look forward to the official release of the music video from the Government of India. 

JACK

 

遅ればせながら、フランスツアーから無事帰国いたしました。

 

過日は、JACK/MOBフランスツアー応援くださり誠にありがとうございました!

チェルヌスチ美術館(パリ市立アジア芸術美術館)での道川省三氏のセラミックパフォーマンスとの即興コラボレーション、Mizen Fine Art Internationalでのオープニングレセプションとしてパフォーマンスさせて頂いた秋草瑠衣子さんのダンスと我々のコラボレーション、お陰様で盛況にて無事帰国する事ができました。

上記本番の他、モントルージュの幼稚園での演奏や地下鉄でのバスキング、ブルターニュで最高のバンドPLANTECとの親交を深めました。

本番に至るまでの道筋、準備、制作から、現地での出逢い、感動の再会、しまいには偽札被害やフライトミスのハプニングに至るまで(笑)物凄いエネルギーでうずまく旅、旅のパートナー、MOB(from NOVEM)と共に色んな体験を通過し
ながら、その全て楽しむ事ができました。
旅の終盤ではなぜかトルコにいました(笑)

本当に良い旅でした。関わってくださった全ての方に感謝申し上げます。

ここには書ききれない程、たくさんの方に支えて頂いた旅でした。 I appreciate all the people I met in the journey!!!!

来週にはTHE SYAMISENIST初の海外公演として台湾ツアーも待ち構えておりますが、日本では旅の集大成として6月29日に渋谷アンダーディアーラウンジにて私たちのレーベルTRANSIST RECORDから、THE SYAMISENITとNOVEMの融合集団、その名も”TRANSIST”が民族楽器のグループが一堂に会するイベント「WORLD MUSIC CRUISING」に出演致します。
我々の出番は21:30過ぎくらいですが、最初から最後までお楽しみ頂けるイベントですので、是非僕たちと一緒に楽しみましょう。
以下予約ページとなっておりますので、是非よろしくお願い致します。

https://www.facebook.com/events/232703420869363/

FACEBOOKやられていない方もご安心ください^^ taransist.record@gmail.com こちらに公演日とお名前とご人数をメール頂ければOKです!

018.6.29(fri)
World Music Cruising
@渋谷UNDER DEER Lounge
open 18:00
charge door: 3,500円/2チケット付
adv: 3,000円/2チケット付
(チケットは、フードにもドリンクにも交換可能です。)

【Live】
AJATE (アフロビートミュージック)
HIROYUKI (カリンバ)
Zipangu Steel Orchestra (スティールパン)
TRANSIST (三味線+etc)
カポエイラナラハリ東京 (カポエイラ)
Ally (バグパイプ)
Homunculus (ハーディガーディ)
東憲志 (スティールトングドラム)

【DJ & Decoration】
Village Ram DJs
(DOI, nobita, Ya)

【MC】
ちんどん屋豆太郎

ご来場心よりお待ちしております!

寂空