JACK’S WILL
GO DEVOTION WAY

音を紡ぎ、人を紡ぎ、世界を紡ぐ。

「Trip to Nowhere」ありがとうございました!

過日はTRANSISTのワンマンライブ

「Trip to Nowhere」にお越し頂きありがとうございました。

私たちにとって初のワンマンライブという事もあり、
色々とチャレンジが詰まった企画でしたが、
スタッフの協力や会場Daysの包容力のお陰もあり、
無事に満員御礼で終える事ができました。

静岡や新潟など遠方から足を運んでくれたお客様もおり、感謝で一杯です。

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3月14日 「Trip to Nowhere 」セットリスト
1st
Efective Introduction
OUWA
Swimmy
じょんがら節(青森県民謡)
CURRY(self-cover)
Smooth Criminal(cover)

2nd
Only the Brave
ROMA
English Man in N.Y(cover)
Summer Leaf(self-cover)
南国逃避行
Behind the Clouds
El Alma

en. 流星群

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スティールタンドラムとカフォンを叩く新メンバーのKenji Azuma氏を迎えての、六人揃っての初めてのステージでしたが、よりオンリーワンなサウンドや音楽性が出来上がってきていると感じ、今後が更に楽しみになってきました。

ROMAという楽曲の難しい5拍子のクラップを見事にマスターしてくれたり、ダブルアンコールを下さったり(結局レパートリー不足でやれませんでしたが笑)終演後曲についての嬉しい感想なども直に聞けたり、嬉しい瞬間に満ち溢れたライブでした。

タイトルに思いを込めた通り、お客様を名前もないどこかへ、旅に連れて行けたのならそれ以上の事はありません。

さて、SNSでも呟いてきましたが、MOBと制作を続けている間にいい曲が揃ってきたのでTRANSISTでアルバムを作ります。

今年中にはリリースできると思うので、また報告させて頂きます。

TRANSISTの次のライブですが、4/19に新宿Freakでライブが決まりましたので、TRANSISTに興味が湧いてきたという方は是非お越しください!

前回良かったという方もお友達などお誘い合わせの上お越し頂けたら幸いです!

もちろんお一人様も大歓迎です!

一緒に楽しみましょう!!🤘🤘🤘

寂空

4/19 新宿 Freak 詳細

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

『OPEN MIND』
OPEN  17:00 START  17:30
ADV:¥2,000 / DOOR:¥2,500 (+1Drink ¥500)

– LINEUP –
Local Deluxe (from Guam)
Fat Tofu (from Guam)
TRANSIST
大和岳志 (from The Eastern Monkeys)
Clairegoil city
and more…

ご予約はコチラから

The Sound of the rain always reminds me of…

いきなりですが、皆さんにとって一番大切なものとは何でしょうか。 

 

恐らく34歳の大人が答えるには少し未熟な回答に思われてしまうかもしれませんが、僕にとってそれは、”幼き頃に過ごした静岡の祖父との思い出”です。


祖父と過ごした思い出と言っても、僕は静岡で産まれたもののそれからずっと神奈川だったので、決して一つ屋根の下に住んでいた訳ではありません。


ただ、病弱だった幼少期の僕は特に祖父から人一倍可愛がられ、僕もそんな祖父の事が大好きでした。

一言で言えば、おじいちゃん子ですね。

付け加えるならば”強度の”!

 

その頃(幼少期〜小学校低学年くらいまで)両親は藤沢に住んでいたのですが、週末になると両親にせがんで静岡の祖父母の家まで連れて行ってもらっていました。

こちらが行けない時は、なんと祖父母が祖父の運転で藤沢まで通ってくれていました。

静岡に連れて行ってもらうと大体お泊まりコースで、両親は僕を車から下ろしたらその足で藤沢まで戻り、また日曜日になると両親が静岡まで迎えに来てくれていました。              

静岡の生家が大好きだった僕は、一泊二日なんかじゃ到底足りず、父の車が軒先に見えると「連れて帰ら無いでー!」とまるで拉致されるかのように、泣き喚いていた記憶があります

今思い返すとどんだワガママ坊やですね、、、(苦笑)

同時に、そこまで大変な思いをしてして毎週のように藤沢静岡間を送り迎えしてくれていた両親への感謝を抱かずにはいられません、、、!

でも裏を返せば、やはり僕にとって祖父という存在がそれだけ特別だったという事ですね。

 

そんな祖父も天国に旅立って早6年が経とうとしています。

https://ameblo.jp/jacknikki/entry-11699903488.html

(どれだけ月日が経ったか確認するツールとして昔のブログを確認してみましたが、よかったらこちらも覗いてみてください。シャミセニストのルーツの重要な一パートも同時に知ってもらえると思います。)

 

忙しい毎日にぼやかされてしまう事も多々ありますが、ふとした瞬間の一雫がきっかけで、その波紋が胸いっぱいに広がる事があります。           


深夜突然降り出した雨、少し強めの雨が民家の屋根や地面を叩きつける音を聞くと、不思議と祖父の家で過ごした、とある雨の日の事を思い出します。どうしよもなく寂しかったあの日の事を…  

 

  

そんな訳で眠れなくなってしまったので開き直ってブログを更新してみた次第です。

 

祖父との思い出は直接震災とは関係ないのでたまたまですが、今日は3.11。

大切な人の事を憶う人がたくさんいる日かもしれません。

あの日は、多くの人の価値観を変えた平成で一番の悲劇であり、転換期だったと言えるでしょう。


先人達が残してきてくれた足跡があるからこそ、今日も僕らはこの道を歩ける。笑顔でいられる。

 

午後2時46分、みんなで黙祷を捧げましょう。

 


さてもうこんな時間(てか朝!笑)なのでベットにつきたいと思います。

おやすみなさい。今日も世界が笑顔と平和に溢れた1日でありますように。

 

寂空

 

 

 

 

ベトナム紀行「表出した音が初めてその土地の空気と触れあい、交わる、あの瞬間がとてつもなく好きだ。」

 

まるで戦後の日本にタイムスリップしたような錯覚に陥ったベトナムの街並み、人々の活気、経済が渦巻くあの躍動感、それは「発展途上」なんて一言では表現できない、特別なものがあった。

あの旅から3ヶ月が過ぎようとしているが、僕の中にまだ残っている余韻とアイフォンで撮影した写真を頼りに、ブログに書き起こしてみたいと思う。

 

まずはサイゴンビールで乾杯!

 

僕にとって初めての国ベトナムでしたが、預け荷物を受け取り空港から外に飛び出した瞬間とても肌に合う感じがして、もはや懐かしさしさすら覚えてしまいました。

高温多湿な国が僕のDNAに刻まれている何かを呼び起こすのか…!!! インドやラオスに行った時も同じようなフィーリングでした。

今回は神奈川県のプロジェクトで私は恐れ多くも音楽隊の監督を任され、俳優の合田雅吏氏率いる風魔忍者隊とのコラボパフォーマンスをハノイで披露し神奈川とハノイの友好関係を深める、というざっくり言うとそのようなミッションでした。

 

 

このような立派なプロジェクトなので、もちろん空港に着けばガイド付きのバスが迎えてに来てくださり、滞在中は会場近くのホテルに宿泊、打ち上げは日系デパートの最上階で焼肉、というような大変恵まれた環境を与えられましたが、空港からホテルについた瞬間、シンゴさんと岸田さんの音楽隊3名で、まるで上官の目を盗んで飛び出した脱走兵のように、夜道を散策してローカルなフォー屋を探し当てサイゴンビアーで乾杯したのは最高の旅の幕開けでした!

 

 

 

 

電撃的な初体験!?

 

翌日の現場リハーサルでは、会場のアース処理がしっかり施されておらず、エフェクターに触れる度に微電流が全身を走る⚡️という文字通り電撃的な初体験を通過しつつ(笑)、なぜかベトナムに来たはずなのにイスラエル人の兄ちゃんとめっちゃ仲良くなる、というもう相変わらずの訳わかんないっぷりで、超面白かったです。

 

 

 

 

 

 

ホエンキエム湖周辺の雰囲気

 

滞在中、合間の時間を縫ってホテルの周りを散策しましたが、ホエンキエム湖周辺はピースフルな雰囲気が漂っていて不思議な魅力があります。

他の国に行ったときも感じましたが、湖とか池の周り、水がある場所の周りって空気が浄化されるんですかね。ベトナムも例外ではありませんでした。

休日になると湖沿いにあるメイン通りが歩行者天国になり露店や人々で賑わい、アスファルト上には、即席コートを作りバトミントンや、ダーカウ(ベトナムの足を使ったバトミントン)を楽しみ、とても気持ちよさそうに汗を流していた人たちも多く見受けられました。

公園では、日本ではちょっと懐かしいローラーブレードを楽しむ子供がたくさんいたり、とにかくハノイの人たちは体を動かす事が好きなんですね。

ある夜、サッカーでベトナムのナショナルチームがマレーシアを打ち破れば、まるで湘南の暴走族のように?(笑)ベトナムの国旗、金星紅旗(きんせいこうき)を掲げ走り回る若者が道路という道路に溢れかえってお祭り騒ぎでした。凄い活気だな!なんて思っていたら24時頃でしたか、ピタンと何事もなかったように静まり返って驚きました。そっか俺は社会主義国に来てるんだな、という実感がそんな所からも湧いて印象的でした。

 

ホエンキエム湖北側、ハノイ旧市街にさしかかったあたり。この近くにあるリー・タイトー公園で2日間演奏でした。そう、ハノイでは至る所にサークルKがあり、とても便利でした。 思わずシャリシャリシャリシャリ…(笑)サークルK、日本には無くなってしまいましたね。
     ホテルの部屋から望む景色。東南アジア特有の原生林が生い茂った感じと高層ビルが立ち並ぶ姿のミクスチャーVIEW。嫌いじゃないっす。

食事は基本ローカルフードと和楽器隊で決めていました。この日は以前にもベトナムに来ている篠笛の岸田さんの勧めで旧市街にあるバインセオのお店に。ベトナム版ガレットみたいなものだと思ってください。これ、めちゃやみつきになりますよ!

この店のパイナップルとマンゴーをブレンドしたスムージーが美味しすぎて毎日のように通いました。スタバのVentiくらいの特大サイズで35000ドン。ゼロ二つとって半分の計算しきなので、175円くらいって事です。なぜこのような設計なのか、、この小窓でのやり取りはなかなかシュールでした。(笑)
旧市街へ向かう途中、盲目の笛吹がバスキング&笛の販売していて、岸田さんがベトナムの笛をおひとつGET!!

 

 

 

小さな世界平和

 

ある夜、仲良くなった例のイスラエル人と約束し、ベトナムの英雄、リー・タイトー像の前(まー、今回のイベント会場なんですが)に集合して彼のウクレレ、僕の三味線、シンゴさんの太鼓で夜な夜なそれぞれの楽器を交換しあったりしてセッションをしました。音を鳴らしていると公園にいた人たちが徐々に僕らの周りに集まってきて、ある人は踊ったり、ある人は覚えたてという日本の歌を照れながら披露してくれたり、近づいてきた少年に楽器を教えてあげたり、終いには止めに来たと思った警備員までもが観客になってくれたり(止めに来たと思いきや”よっこいしょ”と腰を降ろした瞬間、思わず心の中で「いや、聴くんかい!」と突っ込んでしまった。(笑)
なんか、あの小さな空間、小さな時間の中に、小さくて大きな世界平和があったような気がします。

 

 

 

 

ベトナムのTraditional Culture!

 

無事に2日間のミッションを終了した後も僕だけ2日間ハノイに残り、旧市街で見つけたAirbnb(民泊)を拠点に楽器屋巡りしたり、民族博物館に寄ったり、相変わらずローカルフードをはしごしたり、ベトナムを思い切り体内に吸い込みました。南北に長くそびえるベトナムには数多くの民族が居住し、色とりどりのカルチャーが今でも生活の中に息づいていることがわかりました。

 

ダン・タムという沖縄三線と三味線をフュージョンしたような楽器に出逢いました。幸運にもこの翌日観に行った水上劇の伴奏で偶然この楽器が使われていて生演奏を聴く事ができました。以前モンゴルやラオスを訪れた際も似たような楽器を目にしたが、アジアは繋がっているのだ、と改めて実感。ダン・タムの演奏動画 
 ベトナム民族学博物館にて。むかし少数民族が暮らしていた高床式住居。こう見えてもなかなかの高さに自分います(笑)
    博物館の外を歩いていると、日本語を学んでる日本語学校の先生と生徒さんたちに声をかけられた。みなさん日本語が上手だった!

世界一長いと言われるモザイクアートストリート。多くのアーティストが国内外から参加していて、ベトナムの歴史や文化をモチーフにしたものや、地元の子供たちが描いた絵を元にしているものなど様々な作品が目を楽しませてくれます。現地の人が教えてくれたのですが、このアートは過去から未来へ向かって続いているのだとか、、深い!

 

 

Restore hope and pride to Japan!

 

商業都市として世界中の旅人から人気を博す南のホーチミンとはまたちょっと違って、政治や文化の中心地、”社会主義国ベトナム”の首都として、落ち着いた雰囲気で堂々と鎮座しているのがハノイとも聞きます。

それもあってか、冒頭でも触れましたが、近年日本では感じられない”懐かしさ”のようなものが終始漂った心地いい旅でしたが、僕はそれらの活き活きとしたベトナムの活気や平和な空気に触れ、懐かしさと共に羨望の気持ちを覚えた。

日本では失われてしまった「大切な何か」がそこには間違いなくあった。

 

 

 

今回私たちの演目の中に日本の伝統芸能の三番叟(さんばそう)を風魔忍者チームの主役である合田氏が舞うシーンがあり、僕たち楽器隊はその伴奏を務めた。

「これは五穀豊穣を祈る舞なので、是非ベトナムでやりたいんだ。」と制作段階で合田氏に提案して頂き、和楽器三名で伴奏を努めた。

 

僕は思った。

太古から流れる時間軸上の2018年11月17日というあの地点にあの場所に運ばれて来たのは決して偶然ではない。

たくさんのご縁が絡み合って、数奇な巡り合わせによってあのステージに運ばれてきたのだと思う。

僕らは決して歓声を浴びるため為だけに海外公演に行ってるのではない。プロフィールに書くために海外公演に行っている訳でもない。

運ばれたその地で日本人の血を受け継いだものとして、何を表現するか。

まだまだ日本人だって捨てたもんじゃないんだ。俺らで見せてやろう、感じてもらおう、そして祈ろう。互いの平和と発展を。

言葉にせずとも合田さんのそんな声が聞こえてきた気がして、僕は感動した。

 

 

日本にもかつては生活の中に「祈り」があった。

流通や大量生産が主流の世の中になり、安定した供給ができあがってしまった現代では、豊作を祈って舞を踊るなんて事自体が時代錯誤になってしまうのかもしれないけれど、そんな時代だからこそ、あの舞は輝いていた。

ベトナムの空に光を、希望を放っていた。

 

 

cảm ơn!

言葉は通じなくても心と心で通じあった人たち、そして、ステージ上で浴びたベトナムの皆さんの熱い歓声、あの地で感じたその全てが栄養となって、次の旅へと向かうエネルギー源となっている。

あのベトナム戦争を乗り越え、今力強い推進力で新しいエネルギーを世界に発信するベトナムも、いよいよ2020年には日本工営が中心となって進められて来たベトナム初の地下鉄がホーチミンに開通するという。

“KOKORO” “PRIDE” “SMILE” “CULTURE” “HOPE”これらの力強いスピリットと共に新しい時代を走り抜けていくベトナムの地をまた僕は踏んでみたいと思う。

ありがとう、ベトナム!! また逢いましょう!!

 

 

 

寂空

Happy New Year! 「日の出について」

 

六本木での年越しライブを終え、自宅のある最寄り駅で降りると、老若男女8〜10人くらいの人だかりができていて、みんな東の空の方を向いていた。

なるほど、僕の住んでいる所は東京都にあっても高い建造物が極端に少ない地域とあって、ホームからは確かに日の出がよく見える。

僕も便乗して、人だかりの中に混じって、今にも雲間から顔を出しそうな日の出を待ち構えてみる。

 

日の出を見るといつも祖父の事を思い出す。

おじいちゃん子だった僕は小学校中学年くらいまでだったであろうか、連休になる度に親にせがんで静岡にある母方の実家に、当時住んでいた藤沢から通っていた。

祖父が大好きだった僕は、滞在中、寝る時は決まって2階にある寝室の祖父の隣で寝ていた。

祖母はいつも一階の居間に布団をしいて寝ていた気がするので、僕が祖父を独り占めするために、追い出してしまっていたのではないか、と今思えば心配になる(苦笑)

  

祖父は本当に本当に早起きで、いつも深夜とも言っていいAM3時とか4時とか、そんな時間帯に起きて、1階にある食卓で、届いたばかりの新聞を広げたり、
NEWSを見たりしながら、お茶をじっくり飲むのが日課であった。

僕は1テンポ遅れて、AM5時半とか、6時とか、そのくらいに起きて階段を駆け下りる。

「じいやん!おはよう。」と。

食卓で合流すると、僕にもお茶を淹れてくれて、他愛もない話や、新聞の内容について NEWSについて、またはお互いの共通の話題である野球について、など30分くらい、まるで公園を散歩中の老人同士の立ち話のように、平和な時間が流れた。

 
 

そして、僕と祖父2人で毎日必ず行っていた”儀式”があった。

鳥が鳴き始めるころ、”祭司”による「さあ、よっくん行くよ」という合図でオモテに出て、眩しいばかりの東の空をながむる。

祖父母の家の目の前は元々田んぼだったし、高い建物も皆無に等しかったので、景色を邪魔するものはなかった。

まーるい太陽が全貌を明らかにしたところで、おもむろに祖父の両手が2回、あたりに鳴り響く。

僕もその一瞬を少し遅れてキャッチして一緒に二回両手を鳴らす。『パン、パンッ』

そのまま両手を合わせたまま、小さい声でじいちゃんが聞こえるか聞こえないかくらいの囁くような声で呟く。
「みんなが無事故で健康でありますように」と言ったような内容の事を。

僕自身は幼かったし何を祈っていたか覚えていないが、そのお祈りの呟きが耳に心地よくて、ぽかぽかの日光があったかくて、祖父とのその時間が本当に大好きであった。

今でもあの時の太陽の熱を額に感じられるくらい、鮮明に思い出す事ができる。

 

 

そんな祖父の事を思いながら、2019年の元旦、神々しく輝く日の出に手を合わせた。

「みんなが無事故で健康でありますように、見守っていてください。」と。

 
 
         

ふと、気づけば、ひとだかりの中に一人の車掌さんが近づいてきた。

黄色い線のギリギリまで人が徐々に増えてきていたので、一言やさしく注意しにきてくれたのですが、注意したその後もその場に残っていた。

僕らと一緒に車掌さんも東の空を眺めた。

なんか、いいなと思った。

勤務中との事もあり少し周りの目を気にしながらだったかと思うが、何かある度にSNS上ですぐ炎上してしまう最近の日本ではあまり見ない光景だなあと思ったし、市民の方が「今年もお世話になりますが、よろしくお願いします」なんて車掌さんに丁寧に挨拶をしていたりして、そんな風景を目の当たりにすると、日本もまだまだ捨てたもんじゃないなあ、となんだか平和な気持ちになった。
 

日の出を写真に収めたりして、満足げにその場を去っていく人々の中、その車掌さんはその場に残って、まだ太陽を見上げていた。
一瞬周りの目を気にするような仕草があったので、僕は(なるほど)、と気がついてその場を離れた。 

エスカレーターを降りる直前で、ふと先ほど自分がいたホームの先端を振り返ってみたら、想像の通り、携帯を日の出にかざしている車掌さんがいて、やはり写真が撮りたかったんですね、とホッコリした。   
確かにたとえ勤務中であろうと、是が非でも写真に収めたくなる、美しい、輝きと希望に満ち溢れた日の出だった。
 

 

 

 
 

そのあと、車掌さんは日の出に向かって深々とお辞儀をしていた。

なんか素敵な気持ちになった元旦の朝の出来事であった。 

 

寂空

[喜作ファンにお知らせ。喜作を卒業致します。]

 震災の月、2011年3月から毎月2回、時々おやすみ頂きつつも約8年続けてきたTHE喜作LIVEですが、2019年1月を持って私寂空は卒業致します。(ちなみに12月はライブはお休みさせて頂きます。)

応援して下さいました皆様ありがとうございました。 喜作は公私ともに僕のホームでしたが、ずっと抱き続けてきた夢/目標に向かって飛び立ちます。

またいつか、大きくなってマスターの元に帰って来れるよう、頑張ります。

今まで出演してくれたみんなも本当にありがとう!皆が喜作を愛してくれて嬉しかったし、マスターもその度最高の笑顔だった。

そしてこれからもTHE喜作LIVEが僕なしでも続いて行けるよう考えてます。

僕も一喜作ファンとして、そして誠に勝手ですが、いつでも「おかえり」と言ってもらえるホームとして、みんなと一緒に愛し続けたいと思います。 今後ともよろしくお願い致します。

寂空

【所属レーベルから大切なお知らせ】

この度、兼ねてから親交のありましたROAとTRANSIST RECORDが業務提携する事になり、私自身もいちプレーヤーとして、ROAをサポートしていく事となりました。
国内でのより精力的なライブ活動、海外へのこれまで以上の発信力をご期待頂けたらと思います。
https://www.transist.site/partner1025