JACK’S WILL
GO DEVOTION WAY

音を紡ぎ、人を紡ぎ、世界を紡ぐ。

花まつり

「今日はお釈迦さんの誕生日、みんなクリスマスに美味しいもの食べて、プレゼントもらうやろ?

そやから今日はお父さんお母さんにたくさんおねだりして、とびきり良いもん買うてもらうんやで?」

 

 

午前中に行われた法要のあと、和尚さんが参加した子供たちにそのように説法(?)すると親御さんたちは、やられたというような表情を浮かべ、会場には微笑みが溢れ、緊張感のある法要から一転、会場がピースフルな雰囲気で包まれました。

 

 

 

子供の日である5月5日は、花まつり(お釈迦様のお誕生日をお祝いする法要)という事で、13年前からお世話になっている亀岡にある京都国際禅堂こと東光寺に演奏しに行って来ました。

一般的には花まつりは4月8日に行われる事が多いみたいですが、東光寺さんのように旧暦で行う寺院さんもあるそうです。

東光寺さんとは大変ご縁があり、三味線を始めたばかりの21歳の頃に座禅の体験に訪れて以来、毎年とはいきませんが行ける時に心のリフレッシュに座禅の修行に訪れております。

ちなみにうちのネコちゃん3匹もこちらのお寺さんから授かりました。彼らは今では僕らの大切な家族です。

という事で、京都国際禅堂なしでは僕の20代からの人生は語れない、という位、この場所は僕の大切な心のふるさとなのです。 

 

 

 

 

今回は平城京で行われた「天平祭」出演の夜から亀岡入りさせてもらい、海外のゲスト(禅体験者)のみなさまと一緒に座禅を組ませて頂きました。

毎度ながら感銘を受けるのですが、いつも世界中からたくさんのゲストが来ていて、今回もイスラエル、ベルギー、アメリカ、ドイツなどの欧米諸国からゲストの方々が訪れていました。

驚いたのが、猫を預かった時にはまだ体験者の身だったカーリーヘアーのメキシコ人、フランシスコが頭を丸め雲水となっており、立派にお務めされていました。

日本語も流暢で、法要の際には経典を見ずに声高らかにお経を読み上げ、木魚やお鈴をしかるべきタイミングで叩き(少なくとも僕にはそう見えた!笑)、読経を執り行い、禅堂ではゲスト達への座禅や作務の指導役を立派に務め上げておりました。

作務衣姿もわれわれ日本人よりもよく似合っているんじゃないかってくらい、さまになっておりました。

 

※見切れていますが、一番右手がフランシスコ

 

 

 

 

 

ちなみに僕が初参加した13年前はロシア人の玄磨(げんま)さんというお方が指導役を務めておりましたが、海外から来られた方が、極東にある異国の地で雲水になる覚悟を決めるというのは、想像を絶する覚悟です。

そして、外国の求道者たちに座禅の魅力、深さを伝えて、禅の道に導いてしまう国際禅堂のパワーもすごいな!と改めて思い知らされました。

禅の世界で知らぬものはいないと言われるこちらのご住職、【宝積玄承老師】の教えが素晴らしいから、という理由に他なりませんが。

 

 

※中央が宝積玄承老師。毎年、ヨーロッパを訪れ、禅仏教とキリスト教との「東西霊性交流」を続けられております。

 

 

 

 

 

 

今回、ゲストの中で特に印象に残った青年がいます。

MICHELL GREENWOOD(ミチェル・グリーンウッド)

彼はアメリカから来ており、ゲストの中でも一番長く禅堂に滞在していて、読経も一番声が大きく、食事の時間も机や座布団の配置など自ら率先して行うなど、全体を取り仕切るほどの気合いを感じる男でした。

彼はかなり几帳面で、机や座布団が少しでも曲がっていると、とっても気になるみたいでミリ単位で調整を繰り返していました。正直申し上げると、自分があまり友達に慣れない超神経質タイプかと思っていました(笑)

しかし、午前中の法要のあとにそんな彼と話す機会があり、いざ話をしてみると、とってもピュアな良い青年でした。

 

 

いつから旅をしていつアメリカに帰国するのか聞いて見たら、「10日くらい前にここに来て、あと20日間くらいこの場所に滞在したら、次の国へ移動するよ」とミチェル。

前から不思議に思っていたんだけど、長期にわたって旅をする外国人をよくみかけるけど、どうやって休暇を取っているのかと質問をすると、「みんながどうかわからないけど、僕の場合は大学を卒業した後、4ヶ月間バイトでお金を貯めて其のあとヨーロッパを半年旅して、そのあとずっと来たかった日本に来たんだ。」と。

日本に憧れていたのは彼が少年時代に見た、NARUTOなどのアニメの影響らしいです。(このパターン、今本当多い!! アニメカルチャー恐るべし!)

めっちゃいいね!アメリカは日本よりバイトの賃金も高いだろうし、4ヶ月コツコツ働いたらなかなかお金溜まるでしょ?といつものように我ながら思慮にかけた返答をすると、

「いや4ヶ月じゃ全然たまらないよ、実はおばあちゃんが70万円の旅資金をくれたんだ、at birth.」 と答えたので、(70万円という金額にも驚きだが、ん、at birth? 誕生日ならBirthdayと言うはずだし、でもBirthdayをbirthって略したりするのかな…と気になりつつもそこはあえてつっこまず、)それは素晴らしい、なんて優しいおばあちゃんなんでしょう。それとびきり良いお土産をおばあちゃんに買っていかなきゃね! と僕なりに気の利いた返しをしたつもりだったのですが、意外すぎる答えが彼から返って来ました。

 

 

「おばあちゃんはもういないんだ」

 

…それは申し訳ない事を聞いてしまった。お悔やみ申し上げますと言う意味も含まれた「I am so sorry.」という言葉を返すのがやっとでした。

そしたら彼の方から「ばあちゃんはもう20年前に亡くなっているんだ」と。

どうやらat birthとはdirthdayを略した訳ではなく、読んで字のごとく、”生まれたその時に”という意味でした。

それを理解した瞬間、全身に鳥肌が起こりました。

彼のおばあちゃんは、旅から多くのことを学べることを理解していたのでしょう。

「何か困った時に使って」とかではなく、このお金で大人になったら彼を旅に行かせなさい、という思いを込めて70万円を彼の産まれた日に両親に託したんだそうです。

バックパッカーの経験のある方ならわかるかもしれませんが、70万円あればフライトチケットを差し引いても、なかなかな豪華な旅ができます。

しかし、ミチェルはそのお金で豪遊する訳でもなく、ヨーロッパでもメディテーションの旅をし、ここ日本でも滞在日数の100パーセントを使ってこの禅堂で禅の修行に来ているそうです。

僕はそんな彼に出逢えて僕はとってもハッピーでした。

 

 

 

 

 

ときどき旅をしていると、ミチェルのような求道者に出逢う事があります。求道者というとシリアスな響きがあると思いますが、彼らはライフスタイルの一環として旅を楽しんだり瞑想を楽しんでいて、人によっては将来のビジネスやマーケティングに向けての精神的な基盤を作っているように見える方もいます。

まるでスティーブ・ジョブスのようですね。彼も禅の修行者として知られています。

老師始め、おいでくださった檀家さんやゲストのみんなにご挨拶し、ミチェルとはビッグハグを交わして、禅堂を離れました。

たった1日の滞在でしたが、短くて大きな旅でした。

僕は仏教徒ではありませんが、お釈迦様のお誕生日を三味線の演奏でお祝いできるなんて幸せでした。

お釈迦様、数え切れないほどの教えや文化を今の時代に運んでくださり心より感謝いたします。

それらの教えや文化から何を学べるか、何をクリエイトできるのか、が今の時代に必要な事かと感じています。

今月末にはフランスへ。今度はどんな出逢いが待ち受けているのでしょう。またブログ書けたらいいなと思っています。

 

 

寂空