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Happy New Year! 「日の出について」

 

六本木での年越しライブを終え、自宅のある最寄り駅で降りると、老若男女8〜10人くらいの人だかりができていて、みんな東の空の方を向いていた。

なるほど、僕の住んでいる所は東京都にあっても高い建造物が極端に少ない地域とあって、ホームからは確かに日の出がよく見える。

僕も便乗して、人だかりの中に混じって、今にも雲間から顔を出しそうな日の出を待ち構えてみる。

 

日の出を見るといつも祖父の事を思い出す。

おじいちゃん子だった僕は小学校中学年くらいまでだったであろうか、連休になる度に親にせがんで静岡にある母方の実家に、当時住んでいた藤沢から通っていた。

祖父が大好きだった僕は、滞在中、寝る時は決まって2階にある寝室の祖父の隣で寝ていた。

祖母はいつも一階の居間に布団をしいて寝ていた気がするので、僕が祖父を独り占めするために、追い出してしまっていたのではないか、と今思えば心配になる(苦笑)

  

祖父は本当に本当に早起きで、いつも深夜とも言っていいAM3時とか4時とか、そんな時間帯に起きて、1階にある食卓で、届いたばかりの新聞を広げたり、
NEWSを見たりしながら、お茶をじっくり飲むのが日課であった。

僕は1テンポ遅れて、AM5時半とか、6時とか、そのくらいに起きて階段を駆け下りる。

「じいやん!おはよう。」と。

食卓で合流すると、僕にもお茶を淹れてくれて、他愛もない話や、新聞の内容について NEWSについて、またはお互いの共通の話題である野球について、など30分くらい、まるで公園を散歩中の老人同士の立ち話のように、平和な時間が流れた。

 
 

そして、僕と祖父2人で毎日必ず行っていた”儀式”があった。

鳥が鳴き始めるころ、”祭司”による「さあ、よっくん行くよ」という合図でオモテに出て、眩しいばかりの東の空をながむる。

祖父母の家の目の前は元々田んぼだったし、高い建物も皆無に等しかったので、景色を邪魔するものはなかった。

まーるい太陽が全貌を明らかにしたところで、おもむろに祖父の両手が2回、あたりに鳴り響く。

僕もその一瞬を少し遅れてキャッチして一緒に二回両手を鳴らす。『パン、パンッ』

そのまま両手を合わせたまま、小さい声でじいちゃんが聞こえるか聞こえないかくらいの囁くような声で呟く。
「みんなが無事故で健康でありますように」と言ったような内容の事を。

僕自身は幼かったし何を祈っていたか覚えていないが、そのお祈りの呟きが耳に心地よくて、ぽかぽかの日光があったかくて、祖父とのその時間が本当に大好きであった。

今でもあの時の太陽の熱を額に感じられるくらい、鮮明に思い出す事ができる。

 

 

そんな祖父の事を思いながら、2019年の元旦、神々しく輝く日の出に手を合わせた。

「みんなが無事故で健康でありますように、見守っていてください。」と。

 
 
         

ふと、気づけば、ひとだかりの中に一人の車掌さんが近づいてきた。

黄色い線のギリギリまで人が徐々に増えてきていたので、一言やさしく注意しにきてくれたのですが、注意したその後もその場に残っていた。

僕らと一緒に車掌さんも東の空を眺めた。

なんか、いいなと思った。

勤務中との事もあり少し周りの目を気にしながらだったかと思うが、何かある度にSNS上ですぐ炎上してしまう最近の日本ではあまり見ない光景だなあと思ったし、市民の方が「今年もお世話になりますが、よろしくお願いします」なんて車掌さんに丁寧に挨拶をしていたりして、そんな風景を目の当たりにすると、日本もまだまだ捨てたもんじゃないなあ、となんだか平和な気持ちになった。
 

日の出を写真に収めたりして、満足げにその場を去っていく人々の中、その車掌さんはその場に残って、まだ太陽を見上げていた。
一瞬周りの目を気にするような仕草があったので、僕は(なるほど)、と気がついてその場を離れた。 

エスカレーターを降りる直前で、ふと先ほど自分がいたホームの先端を振り返ってみたら、想像の通り、携帯を日の出にかざしている車掌さんがいて、やはり写真が撮りたかったんですね、とホッコリした。   
確かにたとえ勤務中であろうと、是が非でも写真に収めたくなる、美しい、輝きと希望に満ち溢れた日の出だった。
 

 

 

 
 

そのあと、車掌さんは日の出に向かって深々とお辞儀をしていた。

なんか素敵な気持ちになった元旦の朝の出来事であった。 

 

寂空